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イングランドが時期のUEFA欧州選手権2008(ユーロ2008)に進めず、監督のスティーブ・マクラーレンを解雇したのですが、次期監督に、フース・ヒディンク氏にもコールがかかるのでは?
という噂がオランダで流れています。
当のヒディンク氏は「それはないでしょう。僕の監督したロシアがイングランドを破っちゃったのだし。」との答え。
フース・ヒディンク氏といえば、サッカーファンなら誰でも知っているオランダ人名監督。
1998年のフランスW杯では母国オランダを、2002年の日韓共同開催ワールドカップでは、韓国をベスト4に導き、「ヒディンクを次期日本監督に招けないものか??」と思った日本人も多いはず。
そして2006年のドイツ・ワールドカップではオーストラリア代表監督として、ベスト16にまで導きます。
その後、ロシア代表監督に就任して、EURO2008の予選では最後にイングランドを逆転して本大会出場に導いてしまいます。
もう、魔法使いの域ですね。
イングランドのコーチ、一体どうなるのでしょうね。
という噂がオランダで流れています。
当のヒディンク氏は「それはないでしょう。僕の監督したロシアがイングランドを破っちゃったのだし。」との答え。
フース・ヒディンク氏といえば、サッカーファンなら誰でも知っているオランダ人名監督。
1998年のフランスW杯では母国オランダを、2002年の日韓共同開催ワールドカップでは、韓国をベスト4に導き、「ヒディンクを次期日本監督に招けないものか??」と思った日本人も多いはず。
そして2006年のドイツ・ワールドカップではオーストラリア代表監督として、ベスト16にまで導きます。
その後、ロシア代表監督に就任して、EURO2008の予選では最後にイングランドを逆転して本大会出場に導いてしまいます。
もう、魔法使いの域ですね。
イングランドのコーチ、一体どうなるのでしょうね。
シンタクラースのオランダ到着「イントフト(De intocht)」

シンタクラース(赤い服の聖人)とお供のズワルト・ピート
オランダで、毎年12月5日はシンタクラースの日。シンタクラースの誕生日を祝う。
オランダ、及びベルギーのオランダ語圏では、子供達がシンタクラースという聖人からプレゼントを貰える日である。
シンタクラースは「セント・ニコラス」という、古来にトルコ方面のキリスト教圏に実在した司教が起源となっている。
貧しい子供達に施しをしたり、少女買春を縄抜けさせるために資金を負担したりなど、守護聖人として数々の伝説が残る。
少女の手切れ金を負担したという伝承から、子供達へプレゼントを配る、というイベントになったという説もある。
シンタクラースはスペインからお供のズワルト・ピートを連れて蒸気船でやってくる(ことになっている)。
シンタクラースの到着は毎年11月中旬。オランダ各地で到着パレードが行われる。
2007年のオフィシャル到着日は11月17日。アムステルダムは11月18日。
ユトレヒトのイントフトは何度か観たことあるが、今年は趣向を変えてアムステルダムのイントフトを見に行った。
★イントフト アムステルダム(De intocht Amsterdam)のスケジュール
10時半ごろ:アムステル港にシンタクラースとピートたちの船が到着。
アムステル駅から海洋博物館へ。
海洋博物館でアムステルダム市長の歓迎の挨拶
1時ごろ:
シンタクラースは白馬にのり、ピートたちは子供達にお菓子をくばりながら
にぎやかな楽団とともに、ダム広場やムント広場などを経由し、
ライツェ広場までパレードする。
2時半ごろ:ライツェ広場のStadsschouwburgのバルコニーから、
よい子たちとアムステルダム市民へ向けてシンタクラースの挨拶。
シンタクラースはスペインから来ることになっているので、
「1、2、3」の掛け声を「ウノ、ドス」と、スペイン語で叫ぶのも興味深い。
ピートは黒人のお供で、子供達にはシンタさんより、楽しいピートの方が人気がある。
またピートがお菓子を配る係りであるからだろう。
ピートのコスプレをする子供達も多い。
ピートがお菓子の詰まった麻袋を持って通りかかると
「ピート!ピート!」と子供達はお菓子をねだる。
参照:http://www.sintinamsterdam.nl/

シンタクラース(赤い服の聖人)とお供のズワルト・ピート
オランダで、毎年12月5日はシンタクラースの日。シンタクラースの誕生日を祝う。
オランダ、及びベルギーのオランダ語圏では、子供達がシンタクラースという聖人からプレゼントを貰える日である。
シンタクラースは「セント・ニコラス」という、古来にトルコ方面のキリスト教圏に実在した司教が起源となっている。
貧しい子供達に施しをしたり、少女買春を縄抜けさせるために資金を負担したりなど、守護聖人として数々の伝説が残る。
少女の手切れ金を負担したという伝承から、子供達へプレゼントを配る、というイベントになったという説もある。
シンタクラースはスペインからお供のズワルト・ピートを連れて蒸気船でやってくる(ことになっている)。
シンタクラースの到着は毎年11月中旬。オランダ各地で到着パレードが行われる。
2007年のオフィシャル到着日は11月17日。アムステルダムは11月18日。
ユトレヒトのイントフトは何度か観たことあるが、今年は趣向を変えてアムステルダムのイントフトを見に行った。
★イントフト アムステルダム(De intocht Amsterdam)のスケジュール
10時半ごろ:アムステル港にシンタクラースとピートたちの船が到着。
アムステル駅から海洋博物館へ。
海洋博物館でアムステルダム市長の歓迎の挨拶
1時ごろ:
シンタクラースは白馬にのり、ピートたちは子供達にお菓子をくばりながら
にぎやかな楽団とともに、ダム広場やムント広場などを経由し、
ライツェ広場までパレードする。
2時半ごろ:ライツェ広場のStadsschouwburgのバルコニーから、
よい子たちとアムステルダム市民へ向けてシンタクラースの挨拶。
シンタクラースはスペインから来ることになっているので、
「1、2、3」の掛け声を「ウノ、ドス」と、スペイン語で叫ぶのも興味深い。
ピートは黒人のお供で、子供達にはシンタさんより、楽しいピートの方が人気がある。
またピートがお菓子を配る係りであるからだろう。
ピートのコスプレをする子供達も多い。
ピートがお菓子の詰まった麻袋を持って通りかかると
「ピート!ピート!」と子供達はお菓子をねだる。
参照:http://www.sintinamsterdam.nl/
オランダ語学習がなかなかはかどらない。
ドイツ語が解る人は上達が早いそうである。
しかしオランダ語が話されている地域は世界的に見てごくわずかだろう。
オランダ、ベルギーのオランダ語圏、スリナム、オランダ領アンティル。
思い浮かぶのはこのくらいだ。
しかもオランダに来るまで、スリナムとアンティルなんて考えたこともなかった。
しかもスリナムが南米だったとは。
大抵の人がアフリカ大陸と間違えていることだろう。
日本では鎖国時代はオランダ語が外国語だった。
長崎の出島で唯一交易を許された国。それがオランダだった。
ビジネスだけに用事があり、キリスト教を持ち込まない、という条件。
商人の国だけある。要は自国に利益が出ればいい、という合理的発想だった。
17世紀はオランダの黄金時代だったし。
しかし制海権をイギリスに追い越され、オランダの国力も衰えてしまう。
しかも合理的とはいえ、目先の利益に走ってしまう傾向もあるようだ。
アメリカ大陸のニュー・アムステルダムをイギリスに売り、
その後ニューアムステルダムはニューヨークになる。
そんなことしなければ、今頃世界の共通語はオランダ語になってたのかもしれないし。
江戸時代だったらオランダ語を習う気満々だったかもしれないが、
マイナー言語となった今、いまいちやる気が起きないのだが
ここにいることには変わりないので適当にやっている次第である。
ドイツ語が解る人は上達が早いそうである。
しかしオランダ語が話されている地域は世界的に見てごくわずかだろう。
オランダ、ベルギーのオランダ語圏、スリナム、オランダ領アンティル。
思い浮かぶのはこのくらいだ。
しかもオランダに来るまで、スリナムとアンティルなんて考えたこともなかった。
しかもスリナムが南米だったとは。
大抵の人がアフリカ大陸と間違えていることだろう。
日本では鎖国時代はオランダ語が外国語だった。
長崎の出島で唯一交易を許された国。それがオランダだった。
ビジネスだけに用事があり、キリスト教を持ち込まない、という条件。
商人の国だけある。要は自国に利益が出ればいい、という合理的発想だった。
17世紀はオランダの黄金時代だったし。
しかし制海権をイギリスに追い越され、オランダの国力も衰えてしまう。
しかも合理的とはいえ、目先の利益に走ってしまう傾向もあるようだ。
アメリカ大陸のニュー・アムステルダムをイギリスに売り、
その後ニューアムステルダムはニューヨークになる。
そんなことしなければ、今頃世界の共通語はオランダ語になってたのかもしれないし。
江戸時代だったらオランダ語を習う気満々だったかもしれないが、
マイナー言語となった今、いまいちやる気が起きないのだが
ここにいることには変わりないので適当にやっている次第である。
今年のオランダは本当に寒い。今日もセーターを着込んでいる。
そしてやはり秋冬特有の曇りと雨の繰り返し。
朝晴れていたと思い植木を日光に当てる為に外に出したとたん曇り出す。
困りものである。
本日は土曜日でユトレヒトの街は買い物客でごったがえしている。
カフェはどこも満員。夏の間はテラスがあるが、秋冬に寒くなるとテラスは撤去される。
そのためトータルの席数が減るのである。
おまけに雨で寒い。人々は買い物が襟に室内で暖をとる。
なので日中は席が取れない。しかし賑わう町並みを見るのは楽しいものである。
日曜の寂しい街よりは混雑でも市場の威勢のいい掛け声が飛び交う土曜日の方が私は好きだ。
そしてやはり秋冬特有の曇りと雨の繰り返し。
朝晴れていたと思い植木を日光に当てる為に外に出したとたん曇り出す。
困りものである。
本日は土曜日でユトレヒトの街は買い物客でごったがえしている。
カフェはどこも満員。夏の間はテラスがあるが、秋冬に寒くなるとテラスは撤去される。
そのためトータルの席数が減るのである。
おまけに雨で寒い。人々は買い物が襟に室内で暖をとる。
なので日中は席が取れない。しかし賑わう町並みを見るのは楽しいものである。
日曜の寂しい街よりは混雑でも市場の威勢のいい掛け声が飛び交う土曜日の方が私は好きだ。
昨日の嵐には驚いた。
その時オランダ語学校の夜間クラスにいたが、授業中に激しい風の音。
ガラス窓が音を立ててゆれ、日本人の私としては地震かと一瞬思った。
「授業はこれで終わりにしましょう」という先生の声を生徒一同で期待したが
「こんなの大したことはない。オランダでよくあることだ」と先生にあっさり言われる。
みんなガッカリ。
しかし授業が終わったころには雨は止んでいた。
いや。止んでいたというより一休止と言った方がいいかもしれない。
ニュースを見たらやはり島嶼部では洪水地域もあった。
イギリスでも浸水地域が出て、体育館で世を明かす市民のインタビューも。
こんな寒い時期に浸水や洪水なんて大変である。
みなさんが無事に家庭で暖を取れる日が早く訪れるといい。
その時オランダ語学校の夜間クラスにいたが、授業中に激しい風の音。
ガラス窓が音を立ててゆれ、日本人の私としては地震かと一瞬思った。
「授業はこれで終わりにしましょう」という先生の声を生徒一同で期待したが
「こんなの大したことはない。オランダでよくあることだ」と先生にあっさり言われる。
みんなガッカリ。
しかし授業が終わったころには雨は止んでいた。
いや。止んでいたというより一休止と言った方がいいかもしれない。
ニュースを見たらやはり島嶼部では洪水地域もあった。
イギリスでも浸水地域が出て、体育館で世を明かす市民のインタビューも。
こんな寒い時期に浸水や洪水なんて大変である。
みなさんが無事に家庭で暖を取れる日が早く訪れるといい。
